3年ぶりに更新いたしました。 2007/4/27更新

今回契約しているプロバイダが個人契約の廃止に伴い、 2007/4/27にページを移転いたしました。
このページは私が、H12年の腰椎ヘルニア手術で仕事ができない時に、リハビリを兼ねて作成した物です。あれから長い年月が経ちましたので「閉鎖」をしようと思っていましたが、訪れる方もまだたくさんいらっしゃる為に、そのままにしています。情報が古いかもしれませんので、最新の他の情報とともにご参考ください。

【平成19年4月 術後の現在の状況】

●頚椎のヘルニア
ヘルニアの症状は、痛み共にまったくなし。現在も金属が首の後方に入っていますが、違和感共にありません。
気をつけていることは、「うたた寝をして首をダランとしない。」「首をポキポキ鳴らさない(厳禁)」「無理な体勢はとらない。寝転がってテレビなど絶対に見ない」「交通事故には思いきって気をつける(金属が凶器になって頚椎を破壊してしまうことも・・・怖)」。
とまあこんな感じですが、 完治していると思っています。

●腰椎のヘルニア
これが問題です。日常の生活はまったく問題なく痛みもありません。しかし、スポーツで体を動かすとか、立ちっぱなしの状況、歩きっぱなしの状況、では完璧ではありません。
非常に強い腰痛が起きます。でも一晩か2.3時間の安静ですぐ回復いたしますが、無理をすると痛みが襲う状況がわかるので動きに制約を受けます。だから楽しくありません。周りの方にもいちいち状況を説明できないし、怠慢に思われることもあります。
ただ私の場合、10年間ほど日常の生活で痛みがありましたので、痛みの無いのは幸福です。後悔はありません。
しかし、もし手術等を迷っているのでしたら、止めた方がいいかもしれません。手術を決断する時は、すごく腹が決まっているものです。私は痛みから逃れたい一心での状況でした。また、はやく社会復帰をしなくてはいけない状況もありましたので。

【余談】
●管理人BINOはニックネームです。ヘルニア手術よりあと「尿路結石の手術」もしました。妊婦経験者云く、出産よりも「激痛」がする・・・。ほんと気を失う寸前まで私は体験しました。その日にすぐ手術を決断しました。
●19年1月よりタバコ止めました。
●19年4月より「血圧降圧剤」を飲み始めました。友人のお医者さんから勧められたのですが、これが非常に奥が深いのです。(笑)


私のヘルニアについて紹介します。 2000.8


  1. BINOのヘルニア病歴紹介

  2. BINOの体格

  3. お医者様から教えていただいたこと

  4. BINOのヘルニアの症状

  5. 術後の状況

  6. おまけ

  7. 付録

  8. H12/7/21手術・闘病日記


BINOのヘルニア病歴紹介

あらためましてこんにちは。ここへ来たという事は現在、頚椎か腰椎のヘルニアで痛みをガマンしている方ではないでしょうか。私は、頚椎椎間板ヘルニアの手術を2回と腰椎椎間板ヘルニアの手術を1回しました。つまり、首と腰のヘルニアの手術を3回しました。

1回目 H7/8/1    頚椎椎間板ヘルニアにて前方固定骨移植術 C5/6 C6/7 の2箇所
              (腰の骨を椎間板に移植)

2回目 H9/10/14  頚椎前方固定後偽関節にて後方固定骨移植術 C6/7 の1箇所
              (おまけに金具で骨を固定、今もそのまんま)

3回目 H12/7/21  腰椎椎間板ヘルニア手術(ラブ法) 5S の1箇所 

ここのページでは今までに知ったことや思ったこと、3回目の手術で体験した事をご紹介いたします。ただ、あくまでも私は医者ではありませんから、私の症例を参考程度として下さい。皆様の参考になればと思います。

戻る


BINOの体格

男性  ・1962年生れの44歳  ・体重 85kg  ・身長 183cm

戻る


ヘルニアについてお医者様からいろいろと教えていただいたこと

  1. 頚椎のヘルニアは腰椎のヘルニアと違って、神経の回復が遅い。私の場合は検査結果が出た時点で本人の了解を得る前に手術日を決められた。そのままにしておくと左手が使えなくなるとの判断より。

  2. とび出た髄核は自然には、ひっこまない。

  3. 腰椎ヘルニア手術後の同じ場所の再発率は、7〜8%。また、椎間板が違ったら別のヘルニアとして捉える。腰椎のヘルニアで手術をする人は、腰痛もちの全体の1割。 あとの9割の方は、民間療法とかでうまくヘルニアの痛み・痺れと付合ってる。

  4. 頚椎がヘルニアになる原因は、腰椎のように重いものを持ったとかの特定が出来ない。交通事故に遭うような確率だとのこと。

  5. 人間の体は良く出来ていて、神経の圧迫による痛みはそれなりに時間とともに緩和される。しかし、ほっといて良いのと悪いのがある。その判断をするのはMRIとか造影検査をきちんとしてからすべきである。(私の場合は、ほっときすぎたと叱られた)

戻る


BINOのヘルニアの症状

  1. 頚椎のとき
    朝起きたら、左の首が寝違えたように劇的に痛い。起きると左の首に激痛が走る。座って食事も出来ない。頭の重さで首が痛い。左手の握力がいつもは握力計で55kgあるのに10kgしか計れない。そして物がもてない。左手が肩より上に上がらない。体を起こすことが困難。痛さで寝るしかできない状況でした。

  2. 腰椎のとき
    平成2年に左腰の腰痛で1ヶ月入院。硬膜外ブロックを6本する。この時にも手術を勧められたが、もう少し様子をみたかったので止める。その後退院し、民間療法(カイロ・針・整体)を渡り歩き、腰痛はするもののうまく付合ってた。
    平成10年2月7日に、重い荷物をもつ。それから強い痛みが再発。特に朝起きると、顔も洗えない状態。左足が痛みと全体に痺れ、手術(H12/7/21)する2ヶ月前より痛みで夜熟睡が出来なくなる。1月前よりほとんど歩行が困難。起立していても横になっているときも、体を真直ぐに伸ばせない。そして入院。
    造影検査の結果、ヘルニアは、椎間板の繊維質を突破り、(椎間板造影検査では、椎間板の中に注射器で造影剤を注入し、圧力を高め痛みが強くなるのかのを見ます。破れていたら液が外に漏れているのがわかります。頚椎のヘルニアも造影 検査の結果、同じ状態でした。)中の髄核が飛びだして脊髄の神経を半分圧迫していた完璧なヘルニア。ここまでなると、レーザーなどで髄核を焼 き椎間板内の圧力を下げ出っ張りを取るのは出来ません。

戻る


術後の状況

  1. 頚椎のヘルニア
     1回目の手術より、終った瞬間から痛みが消える。ただ左手の痺れと、握力の回復には時間が必要だった。入院期間は、胸よりコルセットを巻き首を固定したのをつけ(説明が難しい。今度写真をUP予定)1 ヶ月半。その後、肩より頚椎まで固定したコルセットで2ヶ月。その後、ウレタン性の軽いのを首に巻きつけ約1ヶ月。
     2回目の手術は、腰より移植した骨が C6/7 の1箇所で崩れかけ、偽関節となり移植した骨がなくなる前に、後方より再度金具と、骨の移植で固定する。(病院始って以来のことだと先生に言われる)
     現在は、いたって調子がよいが椎間板が2箇所固定されている為、首の廻り方が気にならない程度に不便。不安なのは、止っている2箇所の上下の椎間板にその分負担がかかるためヘルニアになる可能性が高いとのこと。
     それと、毎年何回もしていた「寝違い」から開放されました。ほんと不思議です。これもヘルニアが関与していたのかと思うぐらいです。

  2. 腰椎のヘルニア
    何年もつづいた腰痛から開放されて、最高の気分。歩くのがこんなに楽しいことかと思ってしまう。現在、絶好調。ただしコルセットは3ヶ月したまんま。今日で術後1月位なるが、あぐらとか、ちょっと無理をするとヘルニアの痛みと違った腰痛がする。これは、3ヶ月間はしょうがないとのこと。

戻る


おまけ:民間療法(カイロ・針・整体)で不思議に思ったこと

 ところで手術を受けるまでに、カイロ、整体、針、などに随分通いました。今でもマッサージには通いますし、友人にも職業にしている方がいます。しかし「おまけ」としてヘルニアに絞って不思議に思ったことを書いてみたいと思います。けっして「民間療法」が悪いとかの意味ではありません。ヘルニアで手術を受ける方のほとんどの人から入院中に話を聞いてみると民間療法を渡り歩いて、どうにも治療が良くならなくなって手術をしています。
 そして、腰痛の9割の方は手術をしなくて民間療法でよくなってるか、うまくヘルニアとお付合いをしている方です。私も、おかげで8年間は、うまくヘルニアと付合っていましたから。
 今回も高速に乗って良い治療院の噂を聞くと隣の県まで片道3時間かけて6回も整体に通いました。その中で、ヘルニア・腰痛治療経験の過程で不思議に思ったことがありました。以下が私の民間療法について感じたことです。

1.よくなる時もあるが根本的には治らない。通いつづけるのがほとんどでは・・・。ヘルニアの飛出たのは医学的にはひっこまない。 しかし、ここ近年長い年月をかけて飛び出た隋核が、消滅している症例もインターネットで検索しているとあるみたいですが、やはり稀なようです。

2.坐骨神経痛の捉え方が人によってマチマチである。ある針の先生は、坐骨神経痛はヘルニアの症状と言い、ある整体の先生は坐骨神経痛はヘルニアとは根本的に違うと言う。その先生曰く、私の症状を見て「ヘルニアはもっと痛い」と言った。しかしながら私のヘルニアは造影検査の結果、椎間板の繊維質を突破り、中の髄核が飛びだして脊髄の神経を半分圧迫していた完璧なヘルニアだった。我慢強い人間もいるんです。

3.良い治療院とのは、「一発でよくなる」という。しかし実際はよくならないと「あと××回通えばよくなる」と言って、治療期間が曖昧。そして何回も通うことになる。原因の説明も「根」が深いとか言って、抽象的で解るような解らないような説明をする。

4.民間療法でよくならない時は、すぐに病院へ行く。手遅れになってしまう。治療する民間療法の先生たちは口を揃えたように「体にメスを入れる手術は良くない」と言う。しかし頚椎の手遅れは特に怖い。神経が強く圧迫されていると、手術しても神経はなかなか簡単には元に戻らない。私の場合は今も左足に痺れが残っている。その見極めとして検査をし、ほっといても自然治癒の可能性があるかないのかの判断が大切だと思う。

5.民間療法で良くなる人もいれば、残念ながら良くならない事もある。その時はさっさと見切りをつける事がベストと思う。そして「ヘルニア」は勇気を持って手術をすれば治る病気だと思う。(完全にもとの体に戻るかどうかは個人差があるようです。年令とかヘルニアの症状とか、一人一人が違う。)

戻る

付 録

  1. 病院より頂いた「脊髄造影検査」のプリント   見る

  2. 手術前と手術後の予定表(A3プリントを縮小してます。JPGファイル243KB )


ちょっと疲れた 闘 病 日 記 (平成12年)

7月11日 火曜日

 午前11時に携帯へ入院手続のTEL有。一週間ベッド空きを待った。明日午前10時までに入院をして欲しいとの事。返事は即OKをする。待ちに待った手術入院となる。この腰痛の10年間は本当に長かった。痛みも現在はピークになってる感じがする。今回の手術は妻も喜んでいる。育児、家庭の事、一切に迷惑をかけてきた。母子家庭のようだった。
 明日から、両親が台湾へ旅行に出る。今週一杯遊んでくるとの事。こんな時にと・・・・・(不満)

7月12日 水曜日

 いよいよ入院をする。看護婦さんも3回目の入院のせいか顔見知りが出来てる。歓迎の言葉は「上から順番に悪くなってきてるね」って皆言ってくれた。(笑)
 明日、脊髄造影検査(ミエログラフィー)をする。その日はベッドに一日中寝っぱなしになる。ところで、私の最高の名医S主治医より、来週の金曜日に手術日をするとの話があって決定した。まだ検査も終っていないのに。さすが救急病院だけあってオペの予約は早めにするらしい。今日は痛みも一段と激しい。ベッドに横になってるだけでも辛い。

7月13日 木曜日

 いよいよミエロの検査の日。朝から緊張する。前回もしたが針が腰から脊髄に入ってゆく感じがなんともいえない。AM11:00より点滴開始。13:30に検査室へ。レントゲン台の上で、横向になって背中を丸めて待つ。背中一面に消毒し針が入る。今回はチクッとした感じだったが造影剤が入ってくると左腰に痛みが走る。その後、いろんなポーズでの撮影が始る。これがたまらなくヘルニアの為痛い。とにかく左腰と左足が痛い。その後CTを撮る。検査後、左足が他人の足のように感じる。

7月14日 金曜日

 夜中、寝れない。朝、やっと点滴も取れてタバコを吹かしに行く。朝、採血。昼から肺機能検査、薬剤アレルギー検査の注射、そして手術後の流れを一覧表にしたプリントを看護婦が持ってくる。今日より手術は一週間も先だが気が早いもんだ。術後は頚椎と比べ、腰椎の手術は術後が楽のように思う。しかし一週間ベッドで寝たきりになるのはつらい。食事から排便まで(笑)。
 検査の結果説明があった。非常に大きなヘルニアで脊髄の神経が半分圧迫されていた。手術でヘルニアを取って圧迫を除いても、左足の痺れは取れないとの事だった。この状態で長くおきすぎたとの事だった。先生曰く「ヘルニアは、おけるのかどうか検査をしてから決めなくてはいけない」との事だった。つまり私の場合は手術以外に対処できないヘルニアとの事。
 話を聞いてすこしショックだったが、しかし悲観はしていない。前向きに捉えようと誓う。

7月15日 土曜日

 今日も、痛みで眠れない。夜中何度も目が覚める。午前中、前回の頚椎の手術で入れた金具のレントゲンを撮る。術前検査が月曜日にもう一回がある。それと手術は全身麻酔のため、風邪をひかないように今日から薬を飲み始める。(少し風邪気味) 
 月曜日の検査のことを考えると憂鬱になる。何のための検査か? 自問自答する。
 今日、子供3人連れて妻が来てくれた。元気になる。たかが検査。たかがヘルニアの手術。将来の家族のことを見据えると、なんでもないことのように思う。また再度決意する。

7月16日 日曜日

 今日は朝から暇。ベッドの上に置いてたメガネを痛みの為、ベットに倒れこんだ拍子につぶす。最悪。あと友人が見舞に来る。それと、中学の時の同級生Mが仕事の事故で同じ階に入院してた。大変な闘病生活をしてる。

7月17日 月曜日

 今日はいよいよ、痛い検査。 椎間板造影検査(ディスコグラフィー)と根ブロック。
 ディスコは少し痛い。根ブロックは超痛い。あたりまえ?わざわざ神経に針を刺して痛くし、そこに麻酔を打つのだから。脂汗を一杯かいた。
 今日でひとまず心が落ちついた。あとは手術をするのみだから。

7月18日 火曜日

 今日は久しぶりに穏かな日。昨日の根ブロックが効いている為だと思う。オペまであと3日。

7月19日 水曜日

 今日もすることは別にナシ。妻と一緒に手術の説明を30分、しっかりと詳しく主治医のS先生から受ける。ディスコ検査の結果、髄核が飛びだしていて椎間板の中は破裂しているとのこと。手術しか直らないとの説明で妻も納得をする。

7月20日 木曜日

 いよいよ明日になった。午後、看護婦さんにカンチョーされる。今日も一日淡々と過ぎていった。

7月21日 金曜日 (手術日)

 夜、痛みで寝れなかった。午前中に個室へ移動する。朝から風呂に入り身を清める。(笑) そして点滴も始った。いろいろな機材が個室の中へ入ってくる。見てるとドキドキする。15:00より局所麻酔で腰の骨に針(マーカー)をトンカチで打つ。レントゲンを撮っていよいよ手術室へ向う。はじめにオペ室でうつ伏せになり、やまなりになった台の上に乗り、器具の位置調整をした。その後、ベットに横になってマスクをあてて呼吸5回目に麻酔の世界へ入った。(いつも数えてる。前回は3回だった。その前は2回。)
 S先生に手術室で起される。「終りましたよ」と言って、ホルマリン漬のヘルニアを見せてくれた。ビン一杯あった。そして「痛いところはないか」と聞く。「オチンチンが痛い」と言った。するとS先生が「小さくなったんじゃないか」との発言に手術室にいた皆さん笑いの世界に入るがそのまま笑いながら意識が無くなった。(その時は尿道に管を入れてるため)
 その後、個室へ帰ってきての会話は記憶が無い。そこに誰がいたのかも憶えてない。しかし、まともに対応していたらしい。ここまでしか記憶がないのです。

7月22日 土曜日

 ヘルニアの痛みが完璧にとれてる。完璧。ただ傷跡が痛い。寝返りも出来ない。腰に力が入らない。
 だが満足感は一杯。長年の苦しみから開放された喜びは、文章には出来ない。

7月23日 日曜日

 コルセットの装着。それと尿道に入れてた管が取れる。あと傷口の血抜きの管も取れる。ただ時がボーと過ぎてゆく。

7月24日 月曜日

 ベッドの角度が少し上がるようになる。今日、点滴も取れた。そのかわり毎日2回の点滴が始る。

7月25日 火曜日

  立って歩きたい衝動が日に日に強くなる。便もでない。体がパンパンになった感じがする。
 今日、個室より4人部屋に移る。友人のMと一緒になる。

7月26日 水曜日

 昼にポータブル便器でウンチをする。ベッドから降りてはいけないのにこっそりした。大変だった。人生始って以来の難産だった。(笑) あんまりごと立派だったせいで、詰め所で話題になってたらしい。合う看護婦さん皆が褒めてくれた。(爆)

7月27日 木曜日

 いよいよ明日、歩ける。しかし腰が痛い。ヘルニアの痛みでなく傷口が痛い。筋肉はくっつきぬくいとの事。

7月28日 金曜日

 今日より歩行器を使って歩き出す。まちどうしかった。何年かぶりに痛みがなく歩けるのは本当に嬉しい。座っているときよりも立ってる時が楽である。午前中、妻と一緒にモーニング(病院内の喫茶)に行く。コーヒーとタバコの味は忘れられない。(一週間禁煙しても、その後禁煙する気は全くなし)
 最後にもう一言、痛みナシで歩けるのが嬉しい。

7月29日 土曜日

 今日様式トイレで便をした後、拭くときに腰をひねる。激痛が走る。10分ぐらいそこに座りこんだ。看護婦さんに報告をする。私の身長が高い為、腰が負担になる姿勢が多いとの事で、私専用のイスが用意された。
 それと、自力で60度以上に上がらなかった足が上がりだした。一歩前進。

7月30日 日曜日

 体調は最悪。筋肉痛のような痛みで腰が痛いし、頭痛が起きる。日曜日はやることがない。今日は静かに寝る。


ところで

 ここより 7月31日 月曜日 〜 8月6日 日曜日 退院まで日記の続編はあるのですが、ヘルニアの闘病記録としてはあまり内容がないので省きます。また、日記の内容は個人的に家族、友人、同室のメンバー、エピソード等、数々のことを書いてますが今回はヘルニアの闘病についてのみ抜粋をしました。

 退院は術後2週間で抜糸が終った為、退院しました。(救急病院なもので完治までは入院が出来ない為と、後はリハビリと安静と日数が薬です。) 本来なら転院をするところですが、私が家に帰りたかったもので先生に許可を頂きました。通常の入院は1月ぐらいになると思います。

 検査項目(脊髄造影検査・椎間板造影検査・根ブロックなど)の内容、ヘルニアに関する医学的な説明(ヘルニアの仕組み、たくさんある手術の方法など)は、医療機関よりたくさんのホームページがあります。そちらで詳しく正確に載ってますので調べてみてください。

最後に

 痛い話ばかりしましたが、勇気を持って手術を受けてよかったと思います。人間、痛みがどこかにあると力が100%発揮できないものです。
 手術によって、入院期間中と安静にしていなければならない期間、仕事と家族とモロモロのことが気になリます。それは手術できる環境に私がいたのも幸せだったかも知れません。
 医療スタッフも、最高でした。主治医のS先生は、私の県では整形外科の権威として有名な方です。今まで総てをお任せしています。病院の看護婦さんはいつもながらに献身的で感銘を受けました。(これが一番大切なことかも知れませんネ) それと、HクリニックのH先生にも大変におせわになりました。ありがとうございました。


あなたの参考になりましたでしょうか?
皆様の参考になればと思い、現在もこのHPを残しています。
宜しければ1行テキスト掲示板を作りましたので、ご感想などを簡単に教えていただければ幸です。

皆さんの一言簡単ボード ←click